昨日の出来事を今頃エントリーするようで恐縮だが、
私なりに思うこともあったので書かせていただきたい。
山井投手の9回降板について、賛否両論あるようだが、感情的には山井投手に最後まで投げさせてあげたらいいのに、とも思う。
仮に最後に失点したり負ける危険性があったとしても完全試合の達成を成し遂げて欲しかったという気持ちもわかる。
では監督としてはどうか。昨日の試合を山井投手の完全試合達成のための試合なのかといえば、日本シリーズで、しかもホームグランドでの決着となるかどうかがかかっていた。監督としては試合に勝つことをを優先的に考えるのは当然だろう。
これでは私はコウモリみたいだが、全く別の視点で考えたい。
これはあくまで例えである。
江戸幕府の五代将軍綱吉の時代、江戸城内で吉良上野之介を浅野内匠守が切りかかるという事件があった。浅野内匠守は切腹、赤穂藩はお家断絶となった。その後、大石内蔵助を始めとする浪士たちは吉良邸に討入り、主君の仇をとったのはあまりに有名なエピソードである。
問題はその後である。仇討ちをどのように裁くかが問題だった。
将軍である綱吉はこの浪士を「武士の鑑」として捉え、四十七士を赦そうと考えた。だが、そこで異議を唱えたのは柳沢吉保である。「義士」として讃えられ、しかしその名声におぼれていったら義士の名もすたる。ゆえに讃えられているからこそ、切腹に処すべしと考え、そのように箴言した。それを汲んだ結果、柳沢吉保には悪いイメージが残ったが四十七士のエピソードは現代でもよく語られる、時代劇のスタンダード的な話となった(勿論諸説あるが)。
参考リンク 柳沢吉保(ウィキペディア)
私が何をいいたいのかというと、確かに最終戦で完全試合を成して讃えられることは素晴らしい。だが、その栄光に溺れてしまったなら来期の山井投手にとって必ずしもプラスにはならないということである。
山井投手がそうなるということではないのだが、「完全試合を最終戦で成し遂げた」ことから慢心が生じたなら、間違いなくマイナスとなるだろう。
だが、9回での降板では一種の屈辱を味わいつつも、来期にはますます闘志を燃やすこともできるのではないか。そうなれば山井投手にとっては大きなプラスとなる。
この例えだと、落合監督は柳沢吉保ということになる。
柳沢吉保にはダーティな印象持つ方も多いようだが、実は賢明かつ優れた政治家だという説を私は支持している。
何の世界でも少々嫌われやすい要素ある方が指導者としてふさわしいことが多いものだ。
山井投手自身の心中は私にはわからない。だがチームの日本一に貢献できた喜びと、来期に向けた思いが駆け巡っているのかもしれない。


by niisan
共産も社民もエゴあるのみ